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様々なジャンルのアイドルを探索!世界の楽しいニュースに喜怒哀楽。理想のアイドルを求めて・・・
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蔵出し写真館 22
2013年12月01日(日) 23:55
22回目は元にっかつポルノ女優

『山口千枝』
北海道・函館生まれ
1982年にっかつ「美姉妹・犯す」でスクリーンデビュー
映画に先立ちNHKドラマにも出演
T163cm/B80-W56-H84

     
この写真を見たのは、1982年頃だったか。

角川映画3人娘のひとり、原田知世がデビューした頃、同じ週刊プレイボーイに載ってたグラビアが山口千枝でした。

それまではロマンポルノと言えば、谷ナオミとか志麻いづみ、マリア茉莉、小川亜佐美などの大人の色気を見てたけど、ぜんぜん違うタイプの娘だなと、感じた。

最近のAVになら、こういう娘も多いけど、当時は新鮮でしたねえ。




★ちなみに同姓同名の女優さんが過去にいたようで、混同してるネット情報が多すぎてうんざりです。
懐かしのAV女優シリーズ『卑弥呼』
2011年01月06日(木) 22:03
卑弥呼(ひみこ)
生年月日:1971年9月3日
1990年代前半に活動した日本のAV女優である。
村西とおるが率いたダイヤモンド映像を代表するAV女優の一人。
出身:東京都豊島区池袋
ボディサイズ:T166 B90-W60-H87(デビュー時)
血液型:AB型
  
1990年度の「ミス日本」の東京代表(グランプリではない)に選ばれる。
受賞の翌月、1本500万円の出演料で『大和撫子タマの腰』でAVデビュー。
日本版トレイシー・ローズと呼ばれたボディスタイルと美貌、持ち前の明るいスケベっぷりで、ダイヤモンド映像専属女優の中でもトップクラスの人気を誇った。芸名は村西とおるの発案による。

ダイヤモンド映像と関連会社では20本余りの作品に出演したが、活動期間がダイヤモンド映像が経営破綻していく時期と重なり、支払われたギャラのうち3000万円を村西に貸したまま踏み倒されたと告白。ワイドショーや週刊誌などが大きく取り上げるスキャンダルになった。

その後はグラビア活動を行っていたが、ダイヤモンド映像の監督だった日比野正明の仲介により1993年にクリスタル映像でAVに復帰。6本のビデオに出演したのち、金融機関の社員と結婚し、業界から完全に引退した。

なおトレイシー沙貴という別名でビデオが発売されたという情報が散見されるが、裏ビデオでしか使われておらず、公式リリースは全て卑弥呼名義である。


ダイヤモンド時代よりもクリスタル時代の絡みが好きでした。

現在のプログラムと違って、60分以内に詰め込んだ当時のものは、中には傑作もありますが、どうしても忙しない。卑弥呼のような女優さんは現在のような演出でじっくり楽しみたいもの。より今の作りに近かった作品ほどベターでした。

初期の「若奥様 卑弥呼」も傑作の呼び声が高い作品でしたね。

私の某友人は20年来の卑弥呼の大ファンで、Tomさんの協力で初期作品を見せることができて、かなり感謝されました。今も愛用してるらしい(^_-)-☆


もう少し活動して欲しかった女優さんでした。
嗚呼、早乙女愛・・・(T_T)
2010年07月27日(火) 23:01
2008年02月08日の「懐かし写真館14」で早乙女愛を取り上げた時、元気でいるのかなと締めくくったが、まさか、こんなニュースを聞く事になるとは思いもよらなかった。
http://namikuroki.dtiblog.com/blog-entry-454.html

 セクシーなルックスとボディーで清純派から肉体派まで幅広く活躍した元女優の早乙女愛さん(本名・瀬戸口さとみ)が20日午前3時51分(現地時間)、多臓器不全のため米国・シアトルの病院で死去していたことが26日、分かった。51歳だった。体調不良で11日に入院し、治療を続けていたが容体が急変したという。葬儀は近親者で済ませた。早乙女さんは、出産を機に芸能界を引退し、実業家の夫の仕事の関係で02年からシアトルで生活していた。

 元所属事務所によると、米国シアトルで暮らしていた早乙女さんは「体がだるい」など体調不良を訴え、11日に米・シアトル市のワシントン大学病院に入院した。その後、容体が悪化し、回復することなく、20日に多臓器不全で亡くなった。具体的な病名は明かされていない。今年2月に電話で直接話をした関係者も突然の死に「元気でした。いつも変わらぬ様子だった」と驚きを隠せなかった。


健康的なイメージがあったのでホントにショックだ。

大抜擢のデビュー時はまだまだ素人に毛が生えた程度の演技で、われらが「愛と誠」の早乙女愛のイメージと違うじゃんと、思って見てましたが、その後、どんどんと成長して「新・ハングマン」の頃には気になる女優さんの一人になってました。

お子さんができて家族を大事に、芸能界をキレイに引退されたので幸せに暮らしているのかと思ってたんですけどねぇ。残念だ。

ご冥福をお祈り申し上げますm(__)m
懐かしのAV女優シリーズ 『松本まりな』
2009年11月21日(土) 19:58
二つの顔の松本まりな。

あなたはアイドル的な「まりな」と、セクシーな「まりな」のどちらでハマりましたか?




松本 まりな(まつもと・まりな)
生年月日:1969年6月9日
現年齢:40歳
出身地:神奈川県鎌倉市
血液型:A型
公称サイズ:T158cm B82-W59-H87cm
■鎌倉で生まれ、横浜で育った彼女は中学時代、バレーボールの優秀なセッターであり、勉強も非常に優秀だった。そんな彼女が当時付き合ったのが、ちょっとした悪いやつで、中2の時に初体験。それから中学を卒業するまでに殆どのセックスは体験したという。銀座のレストランでバイトしていた頃にスカウトされ、ヌードモデルを経
て1988年1月、「スーパーVIDEO塾 THEセーラー服4」(メディアステーション/宇宙企画)でデビューした彼女は、都会的な雰囲気のある、洗練されたいい女だった。間違いなく当時のスーパーアイドルだった。
デビュー時こそ19歳らしい初々しい感じだったが、すぐに大人っぽい路線でブレイクする。

今回の2枚の写真でその変化がよく解かると思う。
サザンオールスターズのPV「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」 にも出演。当時の人気の一端が見受けられます。



主な代表作を4つほど選んでみました。

「今夜も君で眠れない」 VIP 88年 
デビュー2作目ということでお風呂場で後ろからアソコをいじられちゃうシーン以外はごくごく普通の絡みだけですが、白いシーツの上で、男の激しいクンニに全身をくねらせて耐える松本まりな。細身の足をすり合わせるような感じ方に松本まりなの持つお姉さん系の魅力があふれています。これもドラマ仕立てです。



「まりなのまんぐり返し」 アリスジャパン 89年 
運転手とホテルで情交を重ねる社長夫人まりな。その帰途で事故に遭い記憶喪失に。そんなまりなに襲いかかる痴態の罠!彼女の記憶を探るように、いやらしい指が乳房をまさぐる!! このまんぐり返しで恥ずかしめちゃうという作品。ドラマ部分の松本まりなも魅力的、ミステリアスな雰囲気の中でしっとりとした演技が松本まりならしくて。いやらしい男の指に耐える顔が、たまりません。



「FUCK・トゥ・ザ・ティーチャー」 サムビデオ 90年
美人教師が赴任した私立学園。そこは性欲に狂った若者たちの巣窟だった!ひとり風紀を正そうと奔走する女教師だが・・・。衝撃のラスト。松本まりなが引退を決意したとも言われる名作(^^ゞ


「挑発無限大」 ステラ 90年 
松本まりなが自らの生い立ちを振り返るという作品です。インタビューや温泉に入っているシーンでは、かなり素顔のまりなを見ることができます。また、真っ赤な口紅の松本まりなが全身ローションまみれで何人もの男に責められたりフェラからお口の中に発射されるシーンなど松本まりな作品位しては珍しいほどのかなり激しいシーンも見ごたえあります。


1990年7月に、「結婚したい」という理由で引退。
引退作は、「松本まりなinラストラーゲ」(VIP)




初めて見た時は高校生のような感じでした。
これまでにレビューで紹介した女優をご覧になった方ならお気づきでしょうが、ショートカットの女優さんは好きなんですよね〜。松本まりなはそんなに極端にショートじゃないけど、カッコ良かった。
彼女ほどヘアスタイルを変化させた女優さんも珍しいんじゃないかな。


さて松本まりながデビューした年は、AVアイドルと淫乱女優の当たり年。
研究所の年表を見てもらえれば思い出される方もいるんじゃないかな。
1988年組⇒http://homepage3.nifty.com/kurokami/years/years_1988.htm

美女系は松本まりな、村上麗奈、鮎川真理、牧本千幸。
淫乱系では豊丸、沖田ゆかり、沙也加、後藤えり子、仲村梨沙。
この同期のメンツには現役もいるからすごい(^^ゞ

清純派AVアイドルとして人気だったけれど、本人のインタビューなんかを読むと「初体験は中学2年で、初めから気持ち良くて、彼と会うたびセックスしてたから、毎日やってましたよ。セックス好きでしたね〜。でもセックスって相性があるみたい。次の彼は優しくて、いい人だったけどセックスは下手で全然良くなかった。フェラチオはあまり好きじゃなかったけど、口の中に出すまで入れてあげてましたよ」と、経験は豊富で話の受け答えも嫌がらずしてくれてた。



幸せな結婚生活してるんだろうか。
懐かしのAV女優シリーズ 『小鳩美愛』
2009年11月19日(木) 23:51
小鳩美愛(こばと・みあい)

生年月日:1971年8月5日
出身:東京都出身
サイズ:身長:163cm
スリーサイズ:B84-W58-H86cm
デビュー:1991年にダイヤモンド映像専属女優としてAVデビュー
童顔で美巨乳だが、不釣り合いな腋毛を生やしており、マニアも人気があった。また、出演作の大半を監督したターザン八木との関係が噂されていた。


■1991年
純情物語 愛してるよ(6月11日、ダイヤモンド映像、監督:日比野正明)
友達の彼女・美愛(ダイヤモンド映像、監督:日比野正明)
小鳩の絵本(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
女学生・小鳩 されっぱなし(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
スイートバニ 暴行魔白書(ダイヤモンド映像、監督:沢城昭彦)
ホジって下さい II(ダイヤモンド映像、監督:麻羅魔少将)
東京物語〜小鳩は美くしく愛を奏でる〜(ダイヤモンド映像、監督:小津為次郎)
同棲時代(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
愛したくて… 会いたい時に貴方はいない(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
愛と性春の旅立ち 熱愛報告書(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
肉体の悪魔(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)

Vシネマ「ファッションヘルス物語」(1991年)

■1992年
女体0号(5月15日、ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
小鳩のぽっぽっぽ日記(ダイヤモンド映像、監督:ターザン八木)
性春より愛を込めて(8月20日、ピラミッド社)
出血大制服15(10月23日、ビップ、監督:八木裕二郎)
名器獣6 締める音が聞こえる(11月20日、ビップ、監督:八木裕二郎)
穴ぼこ(12月18日、アリスJAPAN、監督:ターザン八木)
たまにはしゃぶりつきたい11(ステラ、監督:八木裕二郎)

■1993年
女尻(2月19日、アリスJAPAN)
LAST VENUS 〜小鳩美愛ファイナル〜(5月21日、ビップ)

Vシネマ「セーラー服 愛人(ラマン)」(1993年)
      


可愛いくて好きな女優さんでしたが、絶対にヌケるって作品にめぐり会えなかった。

残念ッッ。

グラビアやAVで垣間見せる笑顔や肢体だけは最高でした。

せっかくダイヤモンド映像でデビューしながら、村西とおる監督の作品への出演が無かった事がもったいない(T_T) 

今はどこかで幸せに暮らしてるかなぁ。






松坂季実子。
2009年08月16日(日) 20:07


松坂 季実子(まつざか・きみこ)
生年月日:1969年2月10日
出身地:兵庫県
血液型:B型
身長:T160cm
スリーサイズ:B110.7-W60-H90cm
ブラのサイズ:H(75)
デビュー作:「でっか〜いの、めっけ!」(1989年2月1日、ダイヤモンド映像)


大妻女子大学短期大学部在学中スカウトされ、1989年にAV監督・村西とおる率いるダイヤモンド映像よりデビュー。当時のAV女優としては並外れた巨乳が大きな反響を呼んだ。バストサイズは「110.7センチ」としていたが、これは「イイオンナ」の語呂合わせで、ダイヤモンド映像のプロデューサーだったこともある本橋信宏の著書によれば、実際は90センチ台だったという。
AVは就職前に1本のみ出演の予定だったが、周囲に出演がばれてしまったことも手伝い、そのままAV業界に身を投じた。なお芸名は松坂慶子の「松坂」と池上季実子の「季実子」を組み合わせたもの。



ダイヤモンド映像では毎月1日を「巨乳の日」と名づけて出演作をリリース。いずれも数千本〜1万本前後を売り上げる大ヒットとなり、同社が1990年前後に一時代を築くきっかけとなった。
人気が頂点にあった1990年には、AP通信がその人気を伝える記事を世界に配信したこともある。松坂の登場によりAV業界全体に「巨乳ブーム」が巻き起こり、「巨乳もの」はAVの一ジャンルとして広く認知されるようになった。

1991年春、突如業界から引退。プライベートな問題が背景にあったと報じられた。




またまた、ビデオ整理の中、松坂季実子を久しぶりにじっくり見た。

最近の女優との違いは

巨乳よりも肌艶のコンディションの良さが抜群だねぇ。
VHSの画質でイマイチ、キャプっても伝わらないかもしれないけれど

ホントにむしゃぶりつきたくなる身体ですわ(^^ゞ

こうした昔の作品を見るにつけ

思うのは男優の技術が発達したってことだね〜。

単純な指マンひとつ撮っても

最近の技と比べると単調で、ツボを抑えてないんだよね。

女優さんの技術はほとんど変化が無いんだけど

男優の技はモザイクに隠されていたワケだから、発達が遅れていたのかもしれない。

デジモになり、薄消しになっていき

技があらわにされて行き

女優はイク事とは別に潮を吹いて見せなきゃならなくなり

技術改革が行われた感じですね。

潮吹きをさせられない男優は二流扱いになっちゃうので

皆さんフィンガーテクは磨いたようですね。




で、この90年代初期ダイヤモンド映像全盛期は女優の質はいいのに

男優のテクニックにバラつきがあって

女優さんのイキっぷりが悪い作品が多いんですよね。



だから松坂季実子も惜しいかな

何度も繰り返し観たくなるほどの作品はほとんど無かった。

また、けっこうお芝居を本格的にやらせて

マジイキが無い分、設定で楽しませてた感じですね。


ここ数日、懐かしい女優さんばかり見てると

この90年代初期の女優さんが熟女物へ復帰して

最新のイカセ技術に悶える姿を見てみたいという願望が沸きますねー。






中島はるみ(女優の方)
2009年06月27日(土) 23:31
最近、スカパーで「Gメン'75」で第4期メンバーの中島はるみを見た。
★★★吹雪杏子刑事(中島はるみ)★★★
高校卒業と同時に以前より憧れていた警察官に応募し採用された。
その後、所轄の交通係を経て、SPに抜擢された。
視力と反射神経がよく、また射撃の腕前も抜群。
東京サミットでは特に指令を受けて、サッチャー首相の護衛に当たった。
いつも前進がモットー。心優しく、清潔な女性Gメンとして活躍。
後にFBIへ転属。妹・陽子(竹田かほり)も婦警。
出演は253話〜306話。1980年度のシリーズ。

     
中島はるみ(本名:中山春美)
生年月日:昭和34年10月3日埼玉出身
サイズ:T163cm.B80-W57-H84cm.45kg
事務所:オスカープロモーション
1980年の前年人気モデルのセーラの後をうけて、数々の広告モデルを獲得し「Gメン'75」で女優デビューした。当時21歳。
妹・中島めぐみ(中山京子)も歌手やドラマ、バラエティーで活動。



   

同姓同名のキリンレモン6代目モデルがいるため、文字データだと間違いやすいのが困りものだ。
     

この中島はるみは新人らしからぬ雰囲気がある女優だったけど
なかなか活動の場が無かったのが残念でした。
この頃はオスカープロも、モデル業以外には顔が効かなかったんだなぁ(^^ゞ


ここんとこ、わがPCのスキャナーがイカレてて
友人に頼んでスキャンしてもらったんだが、サイズを間違えてて、ちょっと残念な画質なんだよね〜(*≧▽≦*)

Tomさんからのリクエストもあったんだが

今度は直接、私がスキャンしてアップし直そうと思ってますので

今回はこれにてヨロシクm(__)m
葵みのり・山下麻衣・森村あすか
2009年05月26日(火) 02:11
葵 みのり (あおい・みのり)
生年月日: 1980年3月28日
現年齢: 29歳
出身地: 日本・東京都
血液型: B型
公称サイズ(1998年時点)
身長:157 cm
スリーサイズ: 82 - 54 - 86 cm
ブラのサイズ: B65
靴のサイズ: 23.5 cm
元AV女優。バンビプロモーションに所属していた。
個性的なロリータフェイスに少女っぽさを感じさせるスレンダーボディ、やや舌足らずなしゃべり方で、ロリポップ路線のAV女優として人気を集めた。



山下 麻衣 (やました・まい)
生年月日: 1971年2月9日
現年齢: 38歳
出身地: 日本・東京都
血液型: A型
公称サイズ(1989年時点)
身長: 154 cm
スリーサイズ: 80 - 57 - 83 cm
高校時代から水着モデルとして活動、卒業後の1989年8月に『オジさんと遊ぼう』(宇宙企画)でAVデビュー。スレンダーボディの美少女系AV女優で、桂木美雪、桐嶋ゆう、秋山まり子らとともにAVアイドルグループ「NEWセクシーメイツ」としても活動した。実質的な活動期間は翌1990年までの1年余りと短かったが、単体作品だけでも20本前後のAVに出演するなど、高い人気があった。

AVはソフトで、ドキュメントタッチの出演作が多いが、『高純度プロテイン・ビデオ 顔で恋 腰で恋』(SAMM)をはじめ、ハードな演技を見せる作品もある。感度の良さがセールスポイントの一つで、激しいエクスタシーに達する演技を見せる『チャネリングFuck 山下麻衣の失神するまで』(アテナ)は人気作として高額なプレミア価格で取引されている。出演作はほとんどDVD化が進んでいない。



森村 あすか (もりむら・あすか)
生年月日: 1968年5月16日
現年齢: 41歳
出身地: 岩手県
血液型: B型
身長: 153 cm
スリーサイズ: 82 - 60 - 85 cm
1988年にAVデビューし、1989年5月に引退。1990年6月に復帰し、1991年に再び引退。
ショートカットのAVアイドルの先駆けとされる。ただしデビュー当時はロングヘアだった。
出演作品や雑誌のインタビューなどで、自らアニメ・漫画好き(特に『超人ロック』の大ファンだった)を公言しており、今で言うところの“オタク”であった。デビュー前に声優を目指していたこともあり、後にOVA『冒険してもいい頃』に声優として出演している。

AV女優3人によるアイドルユニット・RaCCo組の末期に参加。また、ソロでシングルを1枚発売している。
AV引退後は、漫画家や声優を目指していたといわれ、成年向けコミック誌に漫画が何度か掲載されたことがある。また、ウルトラマンロビン率いるプロレス団体(SGP)のイベントに京本政樹と共に幾度か出演している。


いつ見てもカワイイ3人の懐かしAV女優を紹介。

って言うか、ブログ内に簡単な女優名鑑を作っておきたいだけ(*^-゚)⌒☆

3人ともいわゆる擬似ファックだったはず。
作品もソフトなものが多く、普段の私がレビューしてるラインからはずいぶん離れているんだけど、ルックスが好きだから、それなりに観てました(^^ゞ

特に山下麻衣のアクメ演技は素晴らしく、当時はすっかり魅了されてましたねー。
いまだにチャネリングってのは信じられないけど、あんな事でイッてしまうなんてと、当時は録音して、山下麻衣の声だけをドライブ中ずっと聴いてたこともありました。


森村あすかも今思えば、ちょっと早かったのかも。
今ならオタクAVアイドルとして大活躍できたろうなぁ。
当時「燃える あすかちゃん」を観て
AVレンタルしてヌカずに笑ってしまったのは、あすかちゃんの作品が初めてだった。
こんな路線もありかと、あすかマニアの友人とくだらないAV談議に盛り上がってました。


葵みのりはどちらかと言うと、研究所の掲示板等で魅力を教えてもらったアイドル。
素朴な可愛さがありますよねえ。

3人とも元気なんでしょうか。

幸せなんでしょうか?
懐かしのAV女優シリーズ 『豊 丸』
2009年02月28日(土) 19:03
豊丸(とよまる)

別名: 甲斐 えりか (本名:豊丸愛子(とも言われてる))
生年月日:1965(67説も)年9月29日
現年齢:41歳
出身地:日本・鹿児島県
血液型:B型
公称サイズ:T161cm.B83-W58-H86cm
略歴
1988年にAVデビュー。
デビュー作『吸淫力 〜史上最強のワイセツ〜』(1988年5月、サム)
     


“淫乱ブーム”を巻き起こした1980年代後半を代表するAV女優の1人で、多くのテレビ番組にも出演した。

「豊丸神話」なる言葉を造りだし一大淫乱ブームを巻き起こした女優、豊丸。
そのインパクトは強烈で、未だに淫乱派女優が出てくる度に彼女の名前が引き合いに出される。豊丸と云えば、淫乱、変態、SEXは毎日3回以上、誰とでもファックすると評判になる程。白目を剥き、首を左右に激しく振りながら、獣の様に咆哮する。そんな彼女が日本人男性に与えたトラウマは、米国におけるベトナム帰還兵並みとのデータも(笑)。
その後、作家としても「嗚呼 ぶっといわ」(伝説のAV女優、豊丸が贈る床上手サスペンス(笑))を出版。勿論これはコケたけど。彼女が業界、いや世間に及ぼした影響は計り知れない。

当時、AVをほとんど見ない女性らが、彼女のプレイを見て衝撃を受けたと、よく語っていたりする。良くも悪くもSEXについて考えさせられた女優さんとなった。


喘ぎっぷりや異物挿入など過激なプレイで知られるが、普段は礼儀正しく淑やかで気遣いのできる女性だったという。激しく何でもありな女優だが、プロとしてのプレイであり、段取りに無いプレイを男優に仕掛けられて、素の可愛らしい反応を見せたこともあった。実はマジメなタイプらしい。

しかしその一方で、制作サイドからの過激なプレイの要求がエスカレートすることで、「撮影に行くのが怖いと感じることもあった」と後に語っている。

「豊丸」という芸名は、本名からきているといわれる。
また「甲斐えりか」の別名でも活動した。

引退後は、一般のサラリーマンと結婚。子供にも恵まれたと噂は聞いた。


ビデオ等の映像内では見事に淫乱女優を演じてましたが

写真集やグラビアで見せる表情には下品さが無いのがステキでした。


急に豊丸ねーさんを見たくなったのは

米国女優のテラ・パトリックのアヘ顔を見て似てるなーって思ったからなんだな(^^ゞ

あれから20年

「乱丸」というレーベルまで出てるくらい現在まで

豊丸ブランドはAV業界に根付いてるワケだ。

似た淫乱女優は数多く出現したが

やはりパイオニアとしての「豊丸」は永遠なんだなぁ\(^o^)/
懐かしのAV女優シリーズ『田口ゆかり』
2009年02月03日(火) 12:15
古きを訪ねて新しきを知る。

懐かしのAV女優シリーズ3連発。

歴史上もっとも古いAVスター女優(当時はビデオ女優、またはポルノ女優)だ。

セルビデオが1本2万円近くする時代。
レンタル店も無く、アングラな流通で裏ビデオが大流行していた。
どこから回って来るのか、ダビングのダビング、コピーの4代目などが、こっそりと巡り巡って、一般家庭のお父様方が手に入れ、見たいが為に家庭用ビデオデッキ普及に一役買った。

見たことも無いくせに「洗濯屋ケンちゃん」といった、裏ビのタイトルを学生が口にするほど、世間にも知られる存在が、当時の裏ビデオ業界だった。

ビデオの前に裏本。
そして裏本の局部をベタ塗りにしたビニ本などの世界でデビューしたのが「田口ゆかり」でした。

愛染恭子はポルノ映画では先輩だが、ビデオを使ってスターになった田口ゆかりこそが、事実上AV女優(アイドル)第1号なのかもしれない。

田口 ゆかり(たぐち ゆかり)
生年月日:1959年3月18日生まれ 東京都出身
血液型:AB型
ボディサイズ:身長155cm B83-W57-H86cm


1970年代後半から1980年代前半にかけて活躍した裏本女優でもある。
その後は、ストリッパー、ソープ嬢もやった。


当時まだ珍しかった顔射、精飲、膣内射精、アナル姦、脱糞、放尿などで積極的に男性の精液を受け入れる姿勢は、後年の裏本に大きな影響を与えた。1992年信州戸倉上山田温泉で、ストリッパーとして働いていたときに、覚醒剤所持で逮捕された。逮捕時においては、まだ33歳であったはずなのに、過去のような姿ではなく、単なるおばさんになっていた。





つまみぐい(1982年)
夢一夜(1982年)
愛は私(1983年)/燈篭流し(1983年)/おもいで(1986年)


新婚旅行・愛の白日夢(1982年、東宝)
将軍家光(1984年)
裏本「京の舞」(1984年1月)
蒼き愛(1984年2月)



21世紀に入ってからアダルトビデオの熟女物で復帰した。

新近親遊戯 艶母相姦#13(2004年6月9日、グローバルエンターテイメント)
若く逞しいおち○ぽに狂わされた働くおばん〜七の巻(2004年8月6日、タカラ映像)
高級美熟女(メディアボス)


ピンク映画の老舗・大蔵映画の配給作品「田口ゆかりの裏本番恥技」(89年1月公開。小林悟監督)。
 母を失い、恋人と妹がデキているのを知って入水自殺を図り、一命をとりとめる喪服のヒロイン(田口)が男たちとヤリまくる作品で、昼外の白昼レイプシーンが公開当時、話題となった。


 が、その約3カ月後、田口は千葉県内の民家に忍び込み、現金1250円を盗んだとして、窃盗容疑で逮捕される。

田口は、数々の奇行と逮捕歴の持ち主だった。

先の窃盗事件の他にもすでに覚醒(かくせい)剤所持、わいせつ図画販売などで御用。

その後も東京・浅草ロック座にストリッパーとして出演し、最近では熟女AVに出演。若々しかった肢体はすっかり太ってしまったが、デブ専ファンからは熱い支持を集めている。

ただ、性格は変わらないようで、所属する芸能プロダクションの担当者も「どこにいるのか、連絡がつかない」と語る。一時は愛染恭子と同じ事務所に所属し、親交もあった田口。





「サムライの娘」
1982年に制作された本作。
女王・田口ゆかりが主演する、海外向けに製作された時代劇ハードコアポルノだ。
当時話題となった、田口ゆかり初期の傑作との呼び声も高い一本なのだが・・・。
彼女は間違いなく美人だし、ストーリーも本格的。カツラや着物といった衣装、断崖近くの砂浜や凝った和室でのロケもTVドラマ並み。肝心の2回のカラミ(後半は外人と!)は生ハメ中出し。しかし正直、ヌクには適していないだろう。むしろ歴史的価値にこそ、意味を見出して欲しい作品。

「将軍家光」
田口ゆかりは、海外向け時代劇ハードコアポルノの本作「将軍家光」が無修正のまま市場に流出し、彼女自身も不本意な形で1984年、裏ビデオで先にデビューしてしまった。江戸城の大奥を舞台に、奸計によって惨殺された腰元(田口ゆかり)の復讐を、彼女を愛する腰元が成し遂げるというストーリー。地下ポルノ女優が総力競演した、当時の超話題作である。予算をかけしっかりと作りこまれた秀作なのだが、肝心なのはカラミ。将軍との本番、そしてレズシーンが何より印象的である。






「旅愁」
本作は初期裏メディアの女王、田口ゆかりが主演する裏ビデオ。1985年3月にリリースされた、R企画という関西の制作グループによる撮り下ろし作品だ。しかし奇しくもその3ヶ月後に、彼らと田口ゆかりは警視庁保安1課にわいせつ図画販売の疑いで摘発され、遂には逮捕までされてしまう。そんないわく付きなのだが、彼女が2人の男に激しくレイプされてしまう映像は確かにわいせつ極まりない。
色んな意味で、「裏ビデオ」を代表する一本と言っても過言では無いだろう。




「忘れな草」
裏ビデオ界、往年の最重要アイテムの一つを大公開。女王、田口ゆかりが最も輝いていた頃。女体盛りを世間に広く啓蒙した作品でもある。芸者姿の彼女を、男3人がよってたかって弄ぶ。和室の畳での4Pは、正にくんずほぐれつの様相だ。私は当時、コレで男性器が女性器に出し入れされるグロテスクさを知った。この時は、まだ誰も現在の彼女を想像すら出来なかっただろう。時間の流れは苛酷な現実を我々に。ノスタルジーだけでは無い珠玉の一本。



「淑女の滴2」AV界の伝説の女優、田口ゆかりが熟女となって復活。80年代には裏本の女王と言われた彼女も43歳、すっかりオバサンだ。しかし日本舞踊をやっていただけあり、身のこなしも何とも上品で色気がある。フェラ一つ取っても熟年の技が光り、なんとも絶品で気持ち良さそうだ。極めつけは、ストリップで覚えた秘技ぴくぴくクリトリス。少々体型は崩れてはいるが、熟女となった田口ゆかりからも目が離せなくなりそうだ。


「疼6」かの「裏本の女王」、田口ゆかり。あの頃の美貌は見る影も無く、残酷な現実から目を逸らすべきか、否かの厳しい決断を迫られる。しかし陰毛に白髪を発見しても男優が勃起、そしてそれを維持し続けられるのは魔性の魅力故だろう。ゆかり嬢のファン(マニア)は、彼女がシャバで元気に頑張っている姿を観られる事にこそ意味を見出すのだ。「今オトコが居ない。」からか、嬉々揚々とファックを楽しむ様はまるで妖怪。若輩者はトラウマになるかもよ。




■主演映画
1980.10.22 セックスハンター 性狩人  にっかつ
1982.06._ セックス・ロード 痴漢69号線  大蔵映画
1982.06._ 犯しの手口  東活
1983.03._ 女教師 緊縛化粧  新東宝
1983.03._ 痴漢本番電車  大蔵映画
1983.04._ 女子学園処刑教室  新東宝
1983.05._ OL若妻女高生 連続暴行  ミリオンフィルム
1983.05._ 女子大生教師の前で  新東宝
1983.12._ 女教師 脱がされた教室  新東宝
1984.05._ 獣色  ワールド映画
1986.06.25 田口ゆかり ザ・ケイレン  アクトレス
2001.07.23 淫乱女房 下半身の甘い香り  小林プロ




第1号にして、今も流行しているハードプレイの数々を、その創生期にすべてヤリつくした女優が田口ゆかりだ。やってないのはブッカケくらいかな。

我が家にも彼女の裏ビが、どこからともなくやってきた(親父が持ってきたんだろうが)。
今から25年は昔のこと。
当然ながら、当時、私の方が親父よりもビデオデッキの操作は長けていた。
すでにデッキも3台ほどあったため、簡単にダビングし、知人等と鑑賞会をしたりした(*≧▽≦*)

わがブログに取り上げるAVフェチの方向は、この頃の田口ゆかりのビデオの影響が多分にあることは、自己分析でも、他人が見ても間違い無い(^_-)-☆

性風俗のすべてをやってきた田口ゆかり。
業界から卒業することなく、近年ふたたびポッチャリ熟女系AVに復活してるので、やはり噂通りの「セックス依存症」?なんでしょうか。


初めての女(AV女優)はいつまでも気になる存在なんでしょうか・・・。
懐かしのAV女優シリーズ『渡瀬ミク』
2009年02月01日(日) 19:53
またまた画像蔵出しコーナー(^_-)-☆

ま、場つなぎと言うか

ネタが無い時の画像頼みの企画『懐かしのAV女優シリーズ』です。

今回はこちらッ!!!↓

渡瀬 ミク (わたせ みく)

ボディサイズ:身長155cm B80 W55 H80
生年月日:1964年7月20日 東京都大田区出身。


裏本モデルとしても高い人気を誇った。
AV出演以前に裏本やビニ本のモデルとして活動。
当時の裏本モデルの水準を超える愛らしい容貌とプロポーションを合わせ持ち、『イブの囁き』(1983年12月)、『マリア』(1984年2月)、『少女ケイト』(1984年6月)といった出演作はハードな描写もあいまって高い人気を集めた。

1984年9月に「マリア」名義でサクセスビデオからAVデビュー。
同年11月には渡瀬ミクとして宇宙企画から本格デビューし、10本余りのAVに出演した。
また1985年にはにっかつの成人映画『普通の女の子 性愛日記』で主演を果たしている。
1987年に引退したが、人気は根強く、2001年には宇宙企画時代の主要作がDVD化されている。

■アダルトビデオ(主要編集作品)
マリア・ドリーミング (1984年9月、サクセス)マリア名義
TWILIGHT GAMES (1984年11月30日、宇宙企画)
グラビア・ビデオ Beppin 第03号 (1985年3月30日 宇宙企画)
ふりむいて (1985年4月8日 宇宙企画)
Gooood (1985年9月10日 富士アート)
禁断のラグタイム (1985年10月23日 ファイブスター)
いかないで (1985年11月2日 宇宙企画)
MAGAZINE VIDEO MADONNA 創刊号 (1985年11月13日 宇宙企画)
MAGAZINE VIDEO La-Rouge (1986年9月13日 宇宙企画)
TWILIGHT GAMES 2 (1986年11月13日 宇宙企画)
ブルーバージン (1986年12月3日 ファイブスター)
Fin (1987年4月23日 宇宙企画)

MAGAZINE VIDEO La-Rouge PART 2 (1987年8月23日 宇宙企画)

宇宙企画Classic 渡瀬ミク (2001年8月10日、宇宙企画)
…「TWILIGHT GAMES」「ふりむいて」「TWILIGHT GAMES 2」「Fin」収録



■映画
普通の女の子 性愛日記(1985年5月22日公開、配給:にっかつ)1985年7月10日ビデオ発売


彼女の存在を初めて知ったのは写真集でした。

ビニ本(裏本)の特集グラビアか、何かだったと思うが

もう掲載週刊誌が何かは忘れてしまった。

しかし、切り取ったグラビアはファイルして残ってる(^_-)-☆


ビニ本スターのビデオ作品に出るってんで、ずいぶんと心待ちにした記憶があります。

そして、ずいぶんとガッカリした記憶も(^^ゞ

ビニ本では、ガチンコでファンを興奮させてくれたのに
ビデオ作品では擬似丸出しファックで
当時の大きなモザイクや消しでもわかるような寸止めSEXに、私のナニもイキどころなくションボリしましたねえ。それでも当時のビデオ女優の中では抜群のルックスでしたので、今度こそは、今度こそはとレンタルしてはガッカリさせられました。

ま、小林ひとみなんかにも継承されているスタイルなんですが
今見れば、すごくソフトなイメージビデオなんですよ。


仕方がないので写真集を片手に
ビデオで動きと声の情報を補完しつつ実用したことも(*≧▽≦*)

渡瀬ミクの顔立ちは好みの差はあれど、今でも十分通用すると思ってます。



1984年はまだまだレンタル店も増え出した頃で、AV女優のアイドルも少なくて、まだ裏本、裏ビデオの方が闇の流通で人気がありました。

渡瀬ミクはそんな世代の最後のアイドルだったのかも。



次回の「懐かしAV女優シリーズ」はさらに過去へタイムトリップ\(^o^)/
懐かしのAV女優シリーズ『中川えり子』
2009年01月31日(土) 14:36
中川えり子(中川絵里)/なかがわ・えりこ

生年月日:1963年12月6日(1964.11.12.)
出身:広島県
ボディサイズ:身長164cm B84-W58-H88cm
デビュー:AVでのデビュー作は1985年助演した「新・ゆりの女たち」(主演・青木祐子)で中川エリコ名義。
初主演作は同年「あなたを忘れない」(宇宙企画)で中川えり子。
同年「えり子の本番 今度は、いれたまま」(KUKI)も中川えり子。
同じく85年「SM奴隷契約桃源郷の女たち 愛奴恵・K」(アート)では桐島恵。
にっかつロマンポルノにも1986年「ザ・本番 女子大生篇 」に中川絵里の芸名で主演している。(共演・中沢慶子)

生撮りビデオからアダルトビデオ、AVと変遷する創生期に長く活躍した女優さんだ。
(1985〜1989)


やはり初めて見たのはこの作品。「愛奴恵K」はよく見ました。連動したSMマニア専門誌とセットで楽しませてもらいました。
今になって見れば、ソフトSMなんだが、美しい喘ぎ声と当時のAV女優の美人水準では圧倒的な支持をもっていたので、この作品は話題になりましたねー。















いったい何作品に出演していたのかよくわからない(^^ゞ


中にはまったくヌケない作品も多いが、なぜか気になり、見たくなる女優さんでした。

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