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鉄腕・稲尾和久氏急死ΣΣ(゚д゚lll)エエッー!!  (T_T)
2007年11月13日(火) 18:22
プロ野球西鉄(現西武)のエースとして通算276勝、シーズン最多の42勝を挙げ「鉄腕」の異名をとった稲尾和久(いなお・かずひさ)氏が13日午前1時21分、悪性腫ようのため、福岡市内の病院で死去した。70歳。大分県出身。葬儀・告別式の日時は未定。10月下旬、検査のために入院していたが、病状が急変した。
大分・別府緑丘高(現芸術緑丘高)から1956年に西鉄に入団し、いきなり21勝6敗の好成績で新人王を獲得。57年には20連勝のプロ野球タイ記録を達成するなど、59年まで3年連続で30勝以上を挙げた。58年の巨人との日本シリーズでは3連敗後の4連投で4連勝。サヨナラ本塁打も放ち、逆転優勝の立役者となり「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた。61年にはプロ野球タイ記録のシーズン42勝をマークした。
通算成績は756試合に登板し、276勝137敗、防御率1・98、2574奪三振。57、58年にはパ・リーグの最優秀選手に輝き、4度の最多勝、5度の最優秀防御率など数々のタイトルを獲得。引退後は西鉄、太平洋(ともに現西武)、ロッテで監督を務め、93年に野球殿堂入りした。今年の10月2日には、故郷の別府市に完成した別府市民球場内に「稲尾記念館」が開館したばかりだった。
▼広岡達朗氏の話(巨人時代に日本シリーズで対戦)彼がいなかったら、西鉄ライオンズはなかったと言っていいくらい存在感があった。制球が抜群で、汚い投球は一切しなかった。正々堂々と勝負をしてきた。主人や会社のために命をささげる精神があった。

 ▼中西太氏の話(西鉄時代の同僚で主砲として活躍)4、5日前に病院に入っているという話を聞いた。サイちゃん(稲尾氏の愛称)のことだから、元気になって出てくるだろうと思っていたが。寂しい限りです。

 ▼長嶋茂雄元巨人監督の話 今朝のニュースで知り、突然のことで今は大変驚いています。サイちゃんとは(1958年の)日本シリーズでの対戦が思い出として深く残っています。第4戦からの投球は実に素晴らしかった。外側に切れていくスライダーは手が出なかったですよ。オフにヨーロッパ旅行にご一緒してからは特に仲良くさせていただきました。宿敵というより仲間のように付き合わせていただいた。今はただ残念で、ご冥福をお祈りします。


残念だ。ホントに残念だッッッッッッッッ。

プロ野球のかつての名選手がまた逝ってしまった。

つい最近まで元気だったのに信じられない(T_T)

クライマックスシリーズのロッテ日ハム戦の解説もしてたのに・・・。

私の年齢だと、現役だった頃は幼すぎて記憶が無い。

一番古い記憶だと、ライオンズの監督だった頃の姿をニュース番組で見たくらいかも。
ロッテ・オリオンズの監督時代からがハッキリしてるかな(^^ゞ

ソフトな語り口で、投手のテクニック、ピッチングの組み立てなどを説明していた稲尾さんは、とても魅力的だった。私の野球観に稲尾さんが解説した小学館の雑誌での「野球教室」は強く影響を残してます。
小学生向けだったけど、打者とのカケヒキや、目の錯覚を誘う組み立て、ボールの握りも当時はツーシーム、フォーシームなんて名前は無かったけど、ちゃんと載ってました。それが35年くらい前のことだから、現在にちゃんとした技術が伝わってないのが残念。なんでもメジャーが名前をつけたものをありがたがるんだよね。

例えば、スプリットフィンガーファストボールもクレメンスが最多勝を取りはじめてから日本に伝わってきたイメージがあるけど、ミスタータイガース村山実が投げてた4種類のフォークはまさしく「スプリットフィンガーファストボール」だった。ただ日本プロ野球は、他人に自分の技術を教えたがらなかったから、一代の持ち芸で終ったものが多い歴史だったんだよなぁ。



稲尾さんが再び監督を務めてたマスターズリーグは今年も開幕したというのに・・・。

マスターズリーグは杉浦さん以来の訃報だよ。

北京五輪予選に臨む日本代表の星野仙一監督は合宿中の宮崎市で知らせを受け「現役時代の晩年によく励ましてもらった。豪快さと繊細さが同居していた先輩だった」と故人をしのんだ。

稲尾氏が監督を務めたロッテで主砲として活躍、この日「正力賞」を受賞した中日の落合博満監督は「野球の話ばかりしてきた。それが財産になっている。野球をよく教えてくれた数少ない人。また野球界から大きな星が消えた」と神妙な顔で話した
西鉄監督時代にエースだった池永正明氏も「迷惑の掛けっぱなしで…。本当にいい方だった」と声を絞り出した。

稲尾氏と同じ大分県出身で、西鉄でバッテリーを組んだ和田博実氏は「信じたくないという気持ち。ポッと帰ってきそうでね」と、まだ事実を受け入れられない様子だった。



ご冥福をお祈りいたします。

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